VERSE1280 “生きている意味がわからない時”

今日は久しぶりに長ーい話。ドパガキには読めない文章量 笑

お時間があるお客様はお付き合いください。


26aw PRE-ORDERは昨日で無事終了しました。本当にたくさんのご注文ありがとうございました。こんな真夏にも関わらず、これほど多く冬物のオーダーをいただけるブランドは、今の時代そう多くないと思います。改めて、いつも支えていただいているお客様に感謝いたします。ありがとうございました。

そして、本日よりインスタにてLOOKBOOKを公開します。僕自身もエンジンのキーをひねりハイオク満タン、ここから一気にブーストをかけていきます。今季26AWはきっと歴代に名を残すであろうシーズンになります。10周年直前の秋冬シーズンですからね。その歴史に恥をかかぬよう今まで以上に真剣に向き合いました。それはきっとLOOKを見ていただけたらご理解いただけるはずです。

今回の制作にあたって思考を巡らせる中で、「生きる意味」、「存在している意味」、はたまた「愛や幸せとは何か」まで深く潜りました。多くの服を見たりトレンドを掘るのではありません。脳内に降ろすのは、歴史に名を残した哲学者や物理学者たち。もともと本質を探る癖は昔からの抜けない習性の一つではありますが、それをさらに深化させました。

そうして思考を突き詰めていくと、結局同じ場所に行き着くんですね。

それは、人間は多様な生命のほんの一種に過ぎず、長い進化の果てに自分自身や宇宙について考えることのできる脳を持ったに過ぎないということ。さらに言えば、生命と非生命の境界は、僕たちが思うほど明確ではないということ。宇宙という巨大で連続した現象の一部に過ぎないことを改めて感じさせられます。

何が言いたいかって、僕たちは「生きているもの」と「生きていないもの」を明確に分けて考えがちですが、もっと大きな視点で見れば、その境界は思っているほど単純ではないと思ってて。その辺に転がってる石も、動植物も、僕たちヒトも、空も、地球も、宇宙も、すべて同じ物質と変化の連続の中に存在している。生命と非生命を完全に切り分けるというより僕にはそのすべてがひとつの大きなグラデーションのように見えるんです。そう考えると、僕たちもそのグラデーションの中に一時的に現れたひとつの形に過ぎませんし、だからこそ限られた時間の中で「生きている」ということに改めて美しさを感じるのです。
・・いや、スピってるわけじゃないですよ笑(うちのお客様はそういった安っぽい言葉で片付けないような教養を備えたアカデミックな方が多いので非常に恵まれています)

科学は、生命や宇宙がどのように成り立っているのかを少しずつ明らかにしてくれます。しかし、なぜ存在するのかや何のために生きるのかという問いの答えを用意してくれるわけではありませんよね。そもそも、最初から決められた目的など存在しないのかもしれませんし。ですが宇宙や生命の営みを覗いた時、そこには共通した流れが見えてきます。

「受け取る→変化する次へ渡す」

全てはこの連続の中にあるということ。先ほどのグラデーションの話ともつながりますが、あらゆるものは明確な境界によって分断されているのではなく、連続し、変化しながら次へとつながっていく。それは僕たちも同じです。何かを受け取り、自分という存在を通して変化させ、また次の何かへ手渡していく。僕はその連続性こそ、人間が「愛」と括ってきたものの本質の一つなのではないかと思っています。それは当然遺伝子を残すことだけではなくて。ヒトは知識、文化、思想、感情、そして作品や表現といった遺伝子には残らないものまで次へと手渡すことができます。生命に最初から意味が用意されていないのだとしたら、
「自身が変化し、何かを次へ手渡していくこと」
それ自体が、”生きることの意味”になるのではないかと思っています。

そう考えると、人間関係においてよく語られるギバーとテイカーという考え方にも一つ思うところがあります。受け取るだけのテイカーという在り方は、この大きな循環の中では不完全なのかもしれません。すべては受け取ることから始まります。しかし、それを自分のところで止めてしまえばそこで流れは途絶える。金銭であれ、愛情であれ、時間であれ、誰かから与えられることを当然とし、ましてや与えられることそのものを”自分の価値”だと錯覚した瞬間、人はテイカーになる。僕はギバーであることを美徳として語りたいわけではありません。与えることが偉いのではなく、受け取ったものを次へとつないでいくこと。それこそが宇宙や生命が繰り返してきた、ごく自然なシステムなのだと思っています。僕はその連続性を「愛」と呼びたい。

話はそれましたが、「自身が変化し、何かを次へ手渡していくこと」。
僕にとってその行為こそがクリエイティブであり、そのために存在しているのがASKYYというブランドなわけです。僕が存在し、葛藤し、形にしたものを皆様に渡す。僕にとってそれもまた「愛」の一つです。そして、それを受け取った皆様の日常や人生がほんの少しでも変化し、また次の何かへとつながっていく。例えば、その服を着ることで仕事へのモチベーションが上がるかもしれない。その小さな変化が、やがて仕事を大きくし世界を変えるかもしれない。はたまた、その服を着ていることで誰かと親密になり、その出会いが人生を変えるかもしれない。その先でまた別の誰かや何かに影響を与えていくかもしれない。考えられる事象は無限にあって、それこそバタフライエフェクトのように自分の手を離れた一着が、僕の知らないところで次の何かを生んでいく。

答えのない宇宙の中で、僕がASKYYを通して服を作り続ける理由。
それは、この壮大すぎる連続した流れの中に自分も存在し、自分が受け取ったものを自分なりの形に変えて未来へ手渡したいから なのだと思います。


そうして創り上げたコレクション、
───────その名は、”IX HELIX”(ナイン ヘリックス)

個人史上歴代最高の出来。
今回の僕の気持ちと、次に来る秋冬に思いを馳せながら、
毎日の投稿をご覧いただけると幸いです。

ではまた。

吉田