長い歳月を経て辿り着いたのはわずか”一本の紐”でした───────。
10年前に垂らした最初の「紐」のことは今でも鮮明に覚えています。今では装飾の枠組みを超え、いつしかブランドの血筋を証明するアイコンとなりました。なぜそこに紐が必要なのか、なぜそれがなくてはならないのか。その理由はこのブログでも散々語り尽くしてきましたが、次の作品はその再認識であり、再定義でもあります。
何も知らない人は言うでしょう。「なんで紐垂れてるの?」「紐垂れすぎじゃない?」
いや、逆に問いたい。
なんで垂れてないの?
静止している時には決して真価を現さない。しかし、人が袖を通した瞬間にその一本の紐は呼吸するように揺れ動く。服が息を吹き返す。風に煽られ歩調に合わせてなびくその繊細な揺らぎこそがASKYYの目に見えないもう一つのデザイン。その挙動は決して数値化できるものではありません。「なんで?」と思う人には到底わかることのない哲学と血の通った造詣がそこにはございます。
今週の作品は、これまで培ってきたその概念に対しての集約。

今までのソレとは似つかないもの。大胆に配された紐は野生的で挑発的。一見何の役にも立たない非合理の象徴。その瞬間の空気感をはらむものはこれ以上存在しません。効率化の道を突っ走りあらゆる無駄が排除されるこの時代に、あえてこの一本を垂らす。非合理の中にこそ宿る真の合理性。一本に凝縮された美学の正体をまた次のブログで焼き付けてほしいです。